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平和


 今年になって、「マーシー」こと田代まさしさんのブログが更新された。

ツイッターのアカウントもあり、なんとなく嬉しくなる。

イベントにも顔を出されているようで、その姿を見るとちょっと安心する。

逮捕時のあの痩せ細った姿からすると、一瞬でも「もう大丈夫なのかな」と期待してしまう。

 期待と言ったって、テレビ復帰を期待しているわけではない。

志村さんとのコントを期待していない、と言えば嘘になる。

前回出所時だったか、志村さんとのツーショットをブログに上げていた。

それを見て、どれほど嬉しかったことか。

マーシーが再びテレビに出るようになった、という夢を見て何度も枕を濡らした経験を持つ私だ。

でも、その後再び薬物に手を出してしまったのだから、期待はしない。

 だが、本当に期待していないのか?

例えばトークショーとか、インターネット番組とか、そういう部分では期待しているのかもしれない。

 なぜ、そう思うのか。

彼の意識が少し変わったように感じるからだ。

理由は、彼が薬物依存症を克服するプログラムを受け、リハビリをしているから。

自分一人の力では、無理だと思ったのだろう。

これは結構な進歩なのではないか、と思う。

 そして「一生薬物をやめつづける」という決意をしたらしい。

ここに、一番の変化を感じる。

「やめた」のではなく「やめつづける」のだ。

これは、依存症であることを認め、一生付き合っていこうとしている、と私は思った。

薬物が自分の中に存在しないもの、ではなく

存在するものとして向こうが近づいてきたら自分が遠ざかる、という感じだろうか。

これは非常に大変だと思う。

ずっと自分の中に存在する「薬物」を見張らなければならないのだから。

フッと目を逸らすと、その隙に近づいてくるかもしれない。

 ここで、私は「平和」も似ている、と思った。

「平和」は一度なれば、未来永劫なわけではない。

「平和」は「築き上げるもの」ではなく、「築き続けるもの」なのではないか。

だとすれば、同じようになにかを見張っていなければならない。

「平和」の反対を「戦争」とするのなら、

「戦争」が今、自分たちの中で、国の中で、どこにいるのか。

その「戦争」から距離を取るには、どうすれば良いのか。

「戦争」から目を背けていると、あっという間に背後に立たれる。

もしかしたら、もう肩に手を置こうとしているかもしれない。

そんな時は、気が付いた人が声をかければいい。

「『戦争』が近づいてきた、逃げろ!!」と。

その声を聴くためには、どちらかの耳は開けておかなければならない。

もしかすると、「戦争」を歓迎している人が目を逸らさせるかもしれない。

だから油断できない。

 「平和」と薬物依存症の違うところは、終わりがないことだ。

依存症は、本人が亡くなってしまえばおしまい。

 しかし、世界というものは、自分が死んだって、他の人間がいるのだから半永久的だ。

つまり、「平和」に完成はない。

そう考えると、途方もなく考えるのも嫌になる。

自分が死んだ後のことなんて、知ったこっちゃないとも思う。

 だけど、「戦争」を見張っているのは、自分一人だけじゃないのだ。
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